2019年07月04日公開

2019年07月04日更新

性悪説の意味や提唱した人物とは?例文やメリット・デメリットを解説!

性悪説という言葉はどこかで聞いたことがある人も多いでしょう。性悪説とはどのような考えなのか説明できるでしょうか?性悪説は本来の考え方とは違った使い方がされることもあります。今回は性悪説について使い方やメリット・デメリットまで詳しく解説していきます。

性悪説という言葉知っていますか?

「性悪説を信じるか?性善説を信じるか?」そんな議論をしたことはないでしょうか?性悪説と性善説は比較して議論されることが多いので性悪説という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。 性悪説は性善説と比べて悪い印象を持っている人もいるかもしれません。その言葉の中に「悪」という文字が入っているからです。性善説という言葉を聞いたことがあっても、本来の意味を知っている人はどれくらいいるでしょうか。 ここでは、性悪説の本来の解釈や性悪説の教えのポイントを紹介していきます。性悪説には深い意味が存在するのです。性悪説を理解すると、自分を振り返りこれからどう生きていくかのヒントになるかもしれません。

性悪説の意味とは?

性悪説の意味は「人間の本性は悪であり、努力することによって善を獲得できる」というものです。性悪説と聞くと「人の本性は悪」だと思っていた人も多いのではないでしょうか?そこだけ見ると性悪説にいい印象を持たないかもしれません。 実際にはその先の意味があるのです。ここでは性悪説を提唱した人物や教えのポイントを紹介します。性悪説の解釈の仕方が見えてくるでしょう。

性悪説を提唱した人物

性悪説を提唱したのは古代中国の思想家である荀子です。荀子は儒学の思想家で、古代中国の思想の集大成とされています。しかし同じく儒学者であった孔子や孟子の批判をしたため変わり者とも思われていたようです。 荀子は人間は本来悪であると唱えながらも、それを絶望のようにとらえていたのではありません。むしろ学問に励んだり努力をすることによってもともと持っていた悪を善に変えられると前向きな考えを伝えているのです。 人間は中々自分の弱さを認めたくものではないでしょうか?弱さと向き合うには勇気がいります。荀子はそんな人の弱さを認めることができる人物なのでしょう。弱い部分を客観視することができるので性悪説にたどり着いたのです。

性悪説の教えのポイント

性悪説とは、人間は生まれながらにして「悪」であるというものです。この性悪説のポイントは「悪」は悪事などではなく「弱」ととらえるということです。 性悪説の大切なことは「人間は生まれながらにして弱い。しかし自分の意志で学問をおさめ努力することで善を獲得できる」ということです。つまり性悪説の教えで伝えたいことは、人間は努力次第で立派な人間になれるということなのです。

生まれたばかりの赤ちゃんは善悪などはわからず自分の本能のままに欲求を満たします。乳幼児のうちはそうでしょう。食欲、睡眠欲など自分のことのみ考えて欲求を満たします。 しかし成長し理解ができるようになると、周りを見るようになったり他人への気遣いや我慢を覚えます。それは子供のころに周りの大人が教えるからです。そこで子供は「善」を獲得するようになるのです。 子供のころに周囲の大人から学ぶことのできずに大人になった人はわがままになりがちではないでしょうか?親の愛情を受けずに育った子供が非行に走るのは「善」を獲得できなかったからです。これこそが性悪説なのです。

性悪説の英語表現

性悪説を英語表現は「belief that human nature is fundamentally evil」です。「fundamentally」は「根本的に」という意味です。そして「evil」は「悪」という意味です。 「nature」は「自然」という意味が有名ですがここでは「性質」「性」という意味で用いられています。「人間の性質は根本的に悪である」という意味だとわかります。

性悪説の使い方・例文

実際に荀子が示した性悪説の使い方・例文を紹介します。①「人の性は悪なり。その善なるは疑なり」人は本来悪(弱いもの)であり、それが善になるのは人為の結果である。 ②「蓬も麻中に生ずれば、たすけざるも直し」よもぎは曲がりくねって育成するが、まっすぐの麻の中で育つと自然とまっすぐになる。人の育ちもそれと同様に環境次第である。 ③「つまだちて望むは、高きに登るのひろく見るにしかざるなり」遠くを見ようとつま先立ちするが、高いところに立つ方が眺望がよい。学びが高まったとき、はじめてその視野が開けるのである。

性悪説の考え方

性悪説は世の中の様々なところで使われています。宗教や思想家でもいろいろな思考があり、その中で性悪説を用いていたり似ているようで実は異なるということもあります。ビジネシーンでも性悪説をもとにした考え方があります。 ここでは、世界的規模の宗教であるキリスト教、有名な思想家であるフロイト、日常で使うことの多いビジネスシーンに分けて性悪説の考え方を解説します。実は本来の考え方とは異なるものがあるので違いに注目してみてください。

キリスト教での考え方

キリスト教の思想のもとは「原罪」です。人間は生まれながらにして罪を背負っており、罪からの解放は神の恩恵だというのがキリスト教の考え方です。 キリスト教での性悪説の考え方は、人間は生まれながらにして罪を背負った悪人ということになります。荀子の唱えた性悪説は、罪人というわけではありません。 性悪説の悪は「弱さ」を表していると考えると、キリスト教は性悪説とは異なることがわかります。人間の弱さは罪ではないからです。

フロイトでの考え方

フロイトはオーストリアの精神分析学者です。フロイトは初めて無意識という概念を考え出した人物です。100年ほど前に提唱されたフロイトの考えは現代の精神医学を切り開いたと言われているので名前を知っている人も多いのではないでしょうか? フロイトは、人にはもともと破壊的衝動力が備わっており、生まれながら悪をもっているので戦争をしたり争ったりすると考えています。そのためフロイトの考えは性悪説だと言われているのです。 しかしフロイトは「人間は本来悪である」と言っているわけではありません。フロイトの考えと性悪説と、それぞれの解釈の仕方によっては異なるものとも言えるでしょう。

ビジネスでの考え方

ビジネスシーンでも性悪説が用いられることがあります。「性悪説に立って考える」などというように、特に海外企業との取引の心構えのような使われ方です。 ビジネスシーンにおける性悪説は、相手を悪人だと思って伺ってかかるという意味があります。欧米などの海外企業は日本と違い個人主義的なところが大きいです。そのため考えに摩擦が生じることがあるのです。 その摩擦によって思わぬトラブルが起こることもあるでしょう。本来の性悪説とは意味合いが異なる使い方ですが、ビジネスシーンでは心構えとしてよく用いられます。

性善説と性悪説の違い

性悪説と比較して議論されるのが性善説です。性悪説は荀子の教えですが、性善説は孟子の教えです。孟子も荀子と同じく中国の儒教家のひとりです。 性善説という言葉は聞いたころがある人も多いのではないでしょうか?孟子は「人は本来善であるから、努力をおしまなければ、立派な人間になることができる」と説いています。「人間は本来善である」というだけが性善説ではないのです。

性悪説と性善説で一番違うのは、本来の性質の部分です。性悪説では悪、性善説では善だと説いています。この2つが相反するものだと思われるのはここの違いからではないでしょうか? しかし続きの「努力」「立派な人間になることができる」という部分で気づく人もいるでしょう。性悪説も性善説も立派な人間になることをゴールにしています。そのためには努力を惜しまず学び続けるようにと荀子と孟子は伝えているのです。

性悪説のメリット

性悪説を信じるということは、人間は本来悪であると信じることになります。それは、人はみな利己的だと理解することにもなるのです。ここでは、性悪説を信じるメリットを紹介します。

メリット1:人に騙されるリスクを回避できる

性悪説を信じるメリットは、人に騙されるリスクを回避できることです。性悪説の悪は「弱い」という意味があります。そこには我慢できない自分の欲求が潜んでいるのです。 利己的な考えは他人を傷つけてでも欲求を満たそうとする危険があります。そのため他人を騙す行動に出るのです。 性善説を信じていれば、人間は利己的欲望を抱えているということが頭の中にあります。そのため他人に対する警戒心が生まれ、騙されるリスクを回避できるのです。

メリット2:危機管理能力が上がる

性悪説を信じるメリットは、危機管理能力が上がることです。人間の本性が悪であると信じることで、注意力や警戒心が生まれます。性善説を信じて「人間は本来善だ」と思っていると、警戒心が甘くなってしまうこともあるのではないでしょうか? 警戒心や注意力をもって生きていくと自分だけでなく、家族や恋人など大切な人も危険から守ることができるでしょう。他人の言動を簡単には鵜呑みにしないようになるからです。

メリット3:裏切られたときのショックが小さい

性悪説を信じるメリットは、裏切られたときのショックが小さいことです。家族、友人、恋人など身近な人に裏切られたことはないでしょうか?信じていた人の裏切りはショックが大きいものです。 しかし性悪説を信じていたらどうでしょうか?生まれ持った悪の部分が出たのだ、人間は利己的欲望をもっているから仕方がないと思うことができます。 身近な人に裏切られると誰だってショックを受けるでしょう。性悪説を信じればそのショックを小さくすることができるのです。

性悪説のデメリット

性悪説は、人間は本来悪だが努力によって善を獲得できるというものです。前向きな考えですが性悪説を信じることでデメリットが存在するのも事実です。ここでは性悪説を信じるデメリットを紹介します。

デメリット1:人を心から信用できない

性悪説を信じるデメリットは、人を心から信用できなくなることです。人間の本性は悪であると思っていると人の言葉をなかなか信用することはできないでしょう。 人間は利己的欲望を持っていて、そのためなら人を裏切ったり傷つけることもあります。それが性悪説で説いている人間の本性です。 性悪説を信じる人は警戒心が生まれて危機管理ができるメリットがあると説明しました。しかしその裏では人を心から信用できないというデメリットも生じているのです。

デメリット2:親しい人にも距離を置いてしまう

性悪説を信じるデメリットは、親しい人にも距離を置いてしまうということです。性悪説を信じると他人に対しての警戒心が生まれますが、親しい人に対しても警戒するようになるのです。 親しい友人と楽しい時間を過ごしているとき「いつか裏切られる」と思うことはなかなかないかもしれません。しかし性悪説を信じすぎてしまうとそういった考えになることがあります。 今は親しいけれど、人間の本性は悪だからいつ裏切られるかわからないという価値観に陥ってしまうのです。そのため裏切られても自分が傷つかないようにと一定の距離を置いて関わるのです。単純に人間関係の楽しさを味わうことはできないでしょう。

デメリット3:ニヒリズムに陥りやすい

性悪説を信じると、ニヒリズムに陥りやすくなります。ニヒリズムとは、自分にも他人にも社会にも何の価値もないという虚無主義です。 人間なんてみんな所詮は利己的な生き物なんだと思うようになると、人間関係も無意味に感じてしまうかもしれません。性悪説を信じ込みすぎてしまうと、自分も他人も利己的な生き物で自分さえよけばそれでいいと思ってしまいます。 ニヒリズムに陥ると、何もかもが無意味に感じて毎日が辛くなってします。そうならないためには、性悪説を盲目的に信じすぎないのがいいでしょう。

努力しつづければ立派な人間になることができる!

今回は荀子の説いた性悪説について詳しく解説しました。「人間は本来悪であり、努力することによって善を獲得できる」という意味です。悪とは悪人という意味ではなく弱いものを表しています。 人間はもともと利己的欲望をもっておりそのためなら道を踏み外すリスクをもっています。それをコントロールするためには学ぶことや努力することが必要であり、それができれば立派な人間になることができるのです。 性悪説を信じると自分だけでなく周りの人を危険から守ることができます。反対に盲目的に信じすぎると誰も信じられずニヒリズムに陥るというデメリットもあります。性悪説をどのようにとらえ、自分の人生に取り入れていくかはあなた次第です。

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いいお

看護師、保健師の資格を持っています。現在看護師として働いています。学生時代、新人時代にうつで辛い日々...

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