2019年05月27日公開

2019年06月30日更新

教養のある人ってどんな人?教養のある人になるための方法を解説

教養のある人には憧れますよね。話題や知識が豊富で落ち着いた物腰の人です。自分もあんな風になれたらと思ったことはありませんか。では教養のある人になるにはどうしたらいいのでしょうか。この記事では教養とは何か、それを持つにはどうしたらいいのかについてご紹介します。

「教養のある人」とはどんな人?

「教養のある人」とはどのような人でしょうか。教養のある人とは、しっかりとした知識を豊富に持ち、それを使いこなせる人です。そして「自分はまだ知らないことがたくさんある」ということをよくわきまえている人が教養のある人といえるでしょう。 では「教養のある人」とは具体的にはどのような人なのでしょうか。また、教養のある人になるにはどうすればいいのでしょうか。以下、みていきます。

教養のある人の特徴

教養のある人とは「しっかりとした知識を豊富に持ち、それを使いこなせる人、かつ「自分はまだ知らないことがたくさんある」ということをよくわきまえている人」であるとお話ししました。それでは、教養がある人の具体的な特徴をみていきましょう。

知識が豊富である

教養のある人とは、まずは一定以上の知識量がある人です。教養のある人はしっかりした書籍や古典などをよく読み、様々な分野の知識を自分に取り込んでいます。 ただし、知識だけもっていても教養がある人とはいえません。教養のある人とは「知識を使いこなせる人」です。知識を豊富に持ち、自分なりに消化している人です。 知識というのは道具に過ぎません。道具は使い方を知り、かつ使わなければ意味がありません。教養のある人は知識量が多いので話題が豊富です。それと同時に教養のある人は知識を自分なりに消化し使い方を知っているからこそ、その場に合わせた話題選びができる人なのです。

情報の確かさを判断できる

今私たちは、ネットやテレビなどから簡単に色々な情報を手に入れられますが、その情報は玉石混淆(ぎょくせきこんこう)です。つまり、ちゃんとした情報もゴミのような情報もたくさん入り交じっています。 教養のある人は元々知識を豊富に持っていますから、自分が得た情報がどのくらい正確な情報なのかを判別できます。確かな根拠のない情報を鵜呑みにしたりしないのが教養のある人です。

確かな情報を手に入れることができる

教養がある人は様々な情報の確かさが分かるだけではありません。教養がある人は、普段から知識と情報を仕入れているため、どこでどうすればより正確な情報が手に入るかを知っています。正確な情報を得るための情報ソースを知っているのが教養がある人なのです。

「常識とは何か」を理解している

本や新聞などから様々なことを学んでいるということは、教養のある人たちは世の中の常識とは何かを良く理解している人でもあるということです。「常識とは何かを良く理解する」とは、二つの意味があります。 第一に、常識とは何かをよく知っているということ、第二に、常識というものそのものの性質も良く理解しているということです。第一は説明するまでもないでしょう。では第二の「常識というものの性質を良く理解している」というのはどういうことでしょうか。 教養のある人は「常識は簡単に変わるもの」ということを理解しているのです。日本と外国の常識が異なっていることはもちろん、日本人同士であってもお雑煮のように常識が違うことはありますよね。教養がある人は、そのことをきちんとわきまえている人なのです。

教養のある人の性格

では、上にお話ししてきたような特徴のある教養がある人とは、どのような人なのでしょう。およそ、教養のある人とはどのような性格を持っている人なのでしょうか。

好奇心が強い

教養のある人は、好奇心、すなわちものを知りたいという欲求が強い人です。ものを知ること学ぶことが楽しい人です。もちろん、すべてに関してというわけでありませんが、だからといって極端に一つだけということもありません。 教養のある人は視野を広く持ち、およそ何かを学んだり知ったりすること自体が好きな人です。

向上心を持つ

教養のある人は、知識を幅広く持つこと、そしてそれによって視野が広がることをよく知っています。また、視野が広がった経験を持つ分、視野が狭いということがどういうことかを痛感している人です。 視野が狭いと自分と違う価値観を理解しようともせず拒絶してしまいます。そんな姿勢では知識すら身につきません。そのことを教養のある人は身に染みてよく知っています。 ですから、教養のある人は興味を持ったことや知らないことについて様々な角度から理解しようとします。教養のある人は、物事をより深く理解しようとするという意味で健全な向上心を持っています。学ぶことに対して意欲的なのです。

「知る」ことに対して謙虚

知識がたくさんあるだけでは教養があるひととはいえません。ものを学んでいるレベルとその心理には大体決まった段階があります。

第一段階:初学者

最初の段階、つまり初学者の段階では知識量は絶対的に不足しているので、何も分からない状態です。これは教養のある人どころか、知識すら無い状態です。

第二段階:中級者

次に来るのが中級者の段階です。ある程度基礎的なことは知っていて、少しずつ応用もできるようになってくるときです。このときの多くの人間の心理として、知っていることをやたらと使いたくなりますし「自分は知っている」ということに得意になります。 多くの人は、教養がある人というのをこの段階であると誤解しています。しかしこの段階は「ただ知識量が多い」だけの状態にすぎません。実はまだまだ学ぶことがあるのに、知っている自分を自慢したくなってしまうのです。 つまり「私はあれもこれも知っている!」と知識を振り回すなら、まだまだ中級者以下、ということです。教養がある人とはいえません。

第三段階:上級者(教養のある人)

三段階目、上級者がいわば「教養のある人」です。初学者の時に学んだことの意味をやっと本当の意味で理解し、学んだこと知識の応用もできるようになります。 同時に、それによって視野が広がり、自分がいかに知らないことが多いか、というのを痛感する段階でもあります。学んでも学んでも知らないことが出てくる、そんな感じです。教養のある人とはこの感覚を理解しています。 つまり教養のある人というのは「しっかりとした知識を豊富に持ち、それを使いこなせる人」ですが、その理解の深さゆえに「自分がいかにものを知らないかということを十分に知っている人」でもあります。教養がある人は学びに対して謙虚な人なのです。

教養のある人の心理

では、このような教養のある人の心理はどのようなものなのでしょうか。教養のある人には独特の心理的な特徴があるのでしょうか。

謙虚さを持つ

上にも書いたとおり、教養がある人は自分が知らないことが世の中にはたくさんあること理解しています。「知っている」ということに対して非常に謙虚なのが、教養がある人の心理的な特徴です。 たとえば、歴史小説の大家であった司馬遼太郎は、アイルランドに取材に行った際、十分に自分でも下調べをしながら、ガイドを引き受けてくれた自分よりずっと年下の大学院生に、丁寧に教えを請うたそうです。 教養のある人とは、いくら何かについて学んでも、学んでいることそのものについてすら、知らないことはたくさんある、そういうことを身に染みて理解しています。ですから、教養のある人は教えを請うことに謙虚です。

落ち着いている

教養のある人は様々な知識を持ち、それを道具として使いこなしていますから、何か問題や突発的な事態が生じても落ち着いて対応できます。 また教養のある人は自分の持つのとは違う価値観に出くわしても、いきなり拒否したり嫌悪したりするのではなく、まず理解しようとします。したがって教養のある人がいきなり誰かと衝突することはありません。その意味でも落ち着いた対処ができるのです。

「自信がある」

上にも書いたとおり、教養のある人は物事に冷静に、かつ謙虚に対応します。そうした姿勢が自信があるようにみえますし、周りを落ち着かせもします。 しかし同時に、教養のある人は過剰な自信は持ちません。自分自身の知識や考えについて慎重な判断をします。これが「教養がある人」と「ただ知識をたくさん持っている人」との違いです。

教養のある人とない人との違いは?

教養のある人とない人の違いはどのようなところに出てくるでしょうか。以下、特に「知識量はあるのに教養が無い人」の特徴と「教養のある人」の特徴を対比しながら、両者の違いを見ていきます。

「知らない」ことについて感情的になるかどうか

知識量があるのに教養のない人は、知識を持っているということに過剰に自信がある人です。だから自分が知らないことを指摘されると「そんなことあるわけがない」などと腹を立てます。自分は知っているということに得意になり根拠のない自信を持っているのです。 教養のある人は、先にも書いたとおり「自分はまだ知らないことがたくさんある」と、知識にも教養に対しても謙虚です。

すぐ人のせいにするかどうか

たとえたくさん知識を持っていたとしても、何か失敗したときに人のせいにしてばかりいる人は、教養がある人でもありませんし教養は身につきません。教養のある人になることもできません。 なぜなら、教養のある人のように、様々な知識を道具として使えるようになるためには、自分が直面した問題について自分の中の様々な知識を総動員して考えて乗り越えることが必要だからです。 使わない知識はただ蓄えているだけの状態では「教養」にはなってくれません。そのように経験を通して初めて、自分の中の知識が意味を持ち始めます。教養のある人はこのように、経験を通じて知識を自分のものにしていくのです。

すぐに結論に飛びつくかどうか

知識量があるが教養のない人は「結局、○○ってことだよね」「それってこういうことでしょ?」とすぐに物事を断定しようとします。 教養のある人は、物事には多種多様な面があり、何通りもの解釈があるのをよく分かっています。ですからすぐに結論に飛びついたり、物事を断定したりするようなことはありません。

知識を振りかざすかどうか

知識はあるが教養が無い人は「あれもこれも知っている」と何かにつけて自分の知識を振りかざします。「すぐに結論に飛びつく」もその一つの表れです。「知っている」ということをいいたいがために話題を変えたり、だらだらと自分が知っていることについて空気も読まず話したりします。 しかしすでにお話ししたように、知識をひけらかすのは中級者以下です。知識がある「だけ」の状態なのです。教養のある人は知識をひけらかす必要性を感じないのでこのような行動をとることはありません。

人と競おうとするかどうか

教養のない人は「どれだけ知っているか」を人と競おうとします。というよりも「自分はこれだけ知っているんだ、凄いだろう」といいたがるのです。 教養のある人は、人それぞれに得意不得意分野があったり、経験や経歴が違ったりすることから、知識や教養はその「量」を人と比べるようなものではないということをよく知っています。ですから教養のある人は知識量や教養を人と競おうとはしません。

教養があるとはすなわちどういうことか?

では、一つの結論として「教養がある」とはどういうことなのでしょうか。教養のある人が持っている「教養」とは、そもそもどういったものなのでしょうか。

一定量の知識は必要

教養のある人の持つ「教養」の要は一定以上の知識「量」であることは確かです。一定以上の知識量が教養と、教養がある人になるためには必要なのです。どういうことでしょうか。

知識「量」は必要

まずは外国語を学ぶには単語を覚えることが必要であるように、それなりに多量の知識を持っていなければ教養があるとはいえません。「最低限の教養」という本が学問のジャンルごとにたくさん出版されているように、どんなジャンルであっても必ず「一定量以上必要な知識」はあります。

どんな知識が必要か

ではどのような知識が必要なのでしょうか。これは自分の所属する社会や仕事によっても異なります。たとえば海外との交渉が多い人はその国の文化なども知っておく必要があります。たとえば、イギリスと関わるような人はシェークスピアやその作品について学んでおく必要があるでしょう。 知識がないと「読めたつもり」になってしまいます。たとえば欧米文学で「赤い髪の人」がでてきたとき、何も知らないとその登場人物は髪が赤いという特徴があるのだな、としか思いません。 ですが欧米文学において「赤い髪」には「気が強い」などのキーワードが隠されている場合があります。実はこの「赤い髪」という描写はキャラクター解説にもなっているわけです。こういう風に、知識がないときちんと文章を読み込むことができないのです。

知識を道具として使いこなす

しかし、繰り返しますが知識はただの道具です。ただ知識をたくさん持っているだけでは「教養がある人」とはいえません。

教養とは知識を深く理解すること

教養を身につける過程は、語学の勉強に似ています。最初に単語を覚えます。しかし単語を覚えたところですぐに文章が読めるようにはなりません。単語を手がかりに、一つ一つの文章を訳して意味を確認していく作業が必要です。 そしてそれを重ねて、いくつもの文章を理解することで文脈が理解できるようになります。そして段落ごとの文脈一つ一つ理解すること、それを重ねることでやっと本が読めたり会話ができたりするようになっていきます。 その間には何度も辞書を引いたり、文法書を読んだりすることになるでしょう。教養もそうやって、何度も知識を振り返りながら勉強や経験を重ね、自分の得た知識の更に深い意味を理解していくことで作られていくのです。教養のある人はそうやって知識を消化し教養を身につけていくのです。

教養とは知識のネットワーク

「教養のある人」になるためには、得た知識でもって、問題を解決するために色々なことを考えたり、違うことを学んだり、他に学んだことと比較検討したりすることを重ねていく必要があります。 そうすることで一つ一つの知識について理解を深まり、学んだ知識同士がネットワークとして繋がってくるのです。ネットワークができれば、一つのことを考える時に多様な知識を用いることができるようになります。まさに教養のある人になれるわけです。 語学でいうならば、単に単語や定型文を覚えてそのまま使っているのではなく「自分で自分のいいたいことが表現できるようになる」段階を指します。この知識で構成されたネットワークこそが「教養」です。このネットワークを自在に使えるのが教養のある人なのです。

教養になっているかを知るには

では、教養のある人になるために、単なる知識ではなく、それを自分のものなり教養となっていっているかどうかは、どうやって確認すればいいのでしょうか。 これは語学でも他のことでも同じですが、自分が何をどこまで理解しているかを知るのには「人に説明してみる」のが一番です。教養のある人は、人に話したり、あるいは自分に説明したりして知識への理解を深めます。 人は一度学んだことについて分かっているつもり、覚えているつもりになりやすい傾向があります。しかし人に説明してみるとあやふやな点や単なる思い込みになっている点がはっきりします。また自分の知識についての理解も深まります。

教養がある人になるには?

こうやってみてくると、教養のある人になるにはなかなか大変そうです。ただ、思い出してください、教養は量や質を人と比較するようなものではありません。また知識については、今の仕事や勉強に関わるものでなくとも、自分の好きなことや興味のあることでもいいのです。 とはいえ、教養のある人になるために何から始めていいか迷う人も多いと思います。そこでいくつか教養を身につける、教養のある人になるための勉強に向いているものの例を挙げたいと思います。

語学を学ぶ

教養を身につけるのに手をつけやすいのは語学を学ぶことです。教養のある人は「世の中にはたくさんの異なる常識があることを知っている人」だというお話をしました。自分がなじんでいる文化と違う文化を学ぶことは違う価値観があることを知ることでもあります。 でも人間はなかなか自分の思い込みから抜け出すことはできません。その点、外国語や外国文化を学ぶことは、自分とは違う常識を持つ人たちがいるということを理解し教養のある人になる近道なのです。 多くの会社で必要が認められている英語や中国語なら、教材も教室も豊富ですから勉強しやすいと思います。とはいえ、ある程度教材のある語学であれば何でもいいと思います。行ってみたい国の言葉を学ぶのもいいと思います。

古典に触れる

人間は、基本的には母国語を土台として外国語を学びます。母国語という枠内でしか外国語は理解できないのです。日本語でまったく知らない言葉、全然説明できない概念を外国語で学ぶことは、原則としてできないのです。 ということは母国語である日本語の語彙と知識を増やし理解力を高める必要があります。そのためには古典に触れるのが一番です。これは自分の国の文化を正規に学ぶ方法でもあります。また今の時代だからこそ、自国の言葉や文化を理解することは大切なことではないでしょうか。 古典文学の現代語訳を読むのに挑戦してもいいですし、歌舞伎や文楽を見に行くのもいいでしょう。またカルチャースクールなどでは古典芸能や文学の講座がたくさんあります。好きな役者が出ているドラマや映画化した古典文学の鑑賞も、導入としてはいいのではないでしょうか。

何か趣味を持つ

仕事以外に学ぶ機会を持つことです。それは日常得られる以外の知識を増やすことでもありますし、新しい考えを習う機会にもなるでしょう。普段している仕事を、違う視点から見るヒントを得ることができるきっかけになるかもしれません。 教養のある人はまったく違うジャンルの複数の趣味を持っていることが多いです。教養のある人は、いわゆる多趣味な人が多いのです。 手や身体を動かすようなものであれば脳の刺激にもなります。知識のネットワーク作りに役立つでしょう。また、普段顔を合わせている人たちとは異なる人との交流は様々なことを学ぶことができます。

グループディスカッション

大学でグループディスカッションをした経験をお持ちの方もいると思います。たとえばニュース、時事問題、あるいは一冊の本など、固定のテーマについて、時間を決めて人と色々話し合うのです。時間はそんなに長くなくて構いません。 色々な人の意見を聞くことによって自分の知識への理解も深まります。また「知識が教養となっていっているかは、人に説明してみるのが一番」というお話をしました。その意味で教養を作るのにこうしたディスカッションは最適といえるでしょう。 今、朝活などで、一冊の本を読んできて話し合う読書会を開いているところもあります。それこそ教養のある人に出会えるかもしれません。友人同士で、何かテーマを決めて話すのもいいかもしれません。

自分のペースで教養を磨こう

一定以上の知識を身につけ、それを理解すること。そして色々な場で学んだ知識をネットワーク化すること。教養のある人になるには時間が必要です。 とはいえ、教養にある人になりたいからと、まったく興味のないことや必要の無いことを学ぼうとする必要はありません。自分が興味をもっている複数のことについて、時間をかけて、他の知識と比較しながらより深く知る、それが教養を作ることに繋がります。 そして、教養のある人になる、教養を持つことは、けっして「どれだけ知っているか」を人と比べるものでもありません。また、難しいものにチャレンジしなければならないものでもありません。自分なりに好きなものをしっかり追って、教養を身につけ、教養のある人になりましょう!

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薄荷

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メンタルケアや自己啓発を幅広く勉強しています。勉強と自分の経験を踏まえ、ちょっとした日常で具体的に役...

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